中山道のご案内
木曽中山道・上松宿
今からおよそ120年前まで、人は自らの足で旅をし、景色は手の届く距離を流れていました。
江戸時代に整備された日本の五街道には大名や旅人が往来し、文化も歩く速さでもたらされてゆきました。
車で行き交う現代とは全く異なる文化の物差しを、あなたの足で辿りながら味わってみませんか?
上松宿
木曽ひのきの産出地として古くから知られていた上松は、江戸時代になると城築・城下町の造営などで高まった木材需要によってさらに重要な拠点となりました。また天下の奇勝「寝覚の床」や小野の滝などが浮世絵として描かれ、当時の旅人たちの旅情を偲ぶことができます。
| (1)木曽の桟 | 中山道随一の難所として畏れられた木曽の桟。 江戸当時の改修跡が石垣として残され、松尾芭蕉の句碑が残されています。現在でも落石に注意が必要な難所です。 |
| (2)旧宿場跡 | 木材搬出の町は、古くは度重なる大火に苛まれました。奇跡的に焼け残った家々が、短い区間ながら、かつての街道の姿を留めています。 |
| (3)尾張藩木材奉行所跡 | 江戸時代、木曽ひのきの産出管理を担った尾張藩の役所跡。 現在ここには小学校が建っています。材木役所の名残は、諏訪神社境内に奉られた五社神社祠に見られます。 |
| (4) 寝覚の床周辺 | 名勝寝覚の床の周りには、江戸当時から営業している蕎麦屋さんや、民宿が残っています。 中山道から国道を横断して臨川寺に通じる坂道は、 昔はお寺の参道でした。 |
| (5)旧中山道石畳 | 中学校校庭下の道を南へ進むと、滑川沿いへと降りる石畳があります。 旅人たちが踏みしめた道が残っています。 |
| (6)荻原間宿跡 | 一里塚の残る荻原地区にも街道の名残があります。上松町内には、4基の一里塚跡が残っています。 ここからは国道の対岸にある隠れ滝を見ることができます。 |
| (7)立町立場跡 | 国道から下る家並みは、街道の面影を醸し出しています。 立場とは、旅人が杖を立てて休んだ所として呼ばれました。 |