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上松町のあらまし
 上松町は、木材産業を中心とした成り立ちを持つ森林の町です。北は木曽町、南は大桑村に接し、西は赤沢自然休養林を擁する国有林、東は中央アルプス最高峰の木曽駒ケ岳を経て駒ヶ根市に隣接します。中央には木曽川、JR中央線、国道19号線が南北に通過しています。永年の夢だった上松バイパスも、平成10年末に開通しました。
 主な産業は木材・木工、農林業。良質な木曽ひのきを産出する町として、かつて上松駅には森林鉄道の集積地も隣接していました。現在は自動車部品を製造する企業が誘致され、主要な産業の一翼を形成しています。

 中山道木曽路十一宿の上松宿に当たり、寝覚の床木曽の棧など、木曽八景のうち5つを楽しむことができます。木材産出の町の宿命で、かつては度重なる大火に見舞われ、復興を繰り返してきました。昭和25年には、現在の市街地をほとんど消失するという大火が発生しましたが、奇跡的に1名の死者も出さずに鎮火に至りました。

 また国内森林浴発祥の地として名をはせる赤沢自然休養林では、木曽森林管理署と共に森林鉄道の保存を行なっています。かつて林業の花形として活躍した木曽森林鉄道が赤沢の天然林にわずかに残っていますが、この森林鉄道は春から秋までの週末を中心に乗車体験が可能です。また赤沢を含めた施設・エリアが「森林セラピー基地」として認定を受け、赤沢の森林浴が医学的にもリラックスできることが実証されました。

 東の木曽駒ケ岳山麓には東洋でも最大規模の砂防ダムがあり、日蘭国交400年を記念してイベントが開催されました。この砂防ダムは、「国内でも有数の草レース」といわれるバイクトライアル大会が開催され、多い年には200名以上の選手がバイクを操る腕を競います。木曽駒ケ岳の登山道Aコースは、上高地を世界的に紹介したウォルター・ウェストンが踏破、記録した本格的な登山コースとして親しまれています。


●上松町の広報縮刷版、上松町史の販売については、こちらからご覧ください。
面 積16,847ha
町役場
所在地
〒399-5603
長野県木曽郡上松町駅前通り2-13
TEL 0264-52-2001
FAX 0264-52-2150

北緯  35度47分02秒
東経 137度41分38秒
標高 710m

 友好都市提携 :和歌山県那智勝浦町
 友好自治体提携 :愛知県豊明市

 …このほかのリンク集は、上松町観光協会のページが充実しています。
 平成22年5月1日現在の、上松町代表

町  長
田上 正男
副町長
設置せず)
(平成19年4月1日より、助役から副町長へと名称が変更になりました。)                  
議会議長
野村 弘
副議長澤木 政良

● 上松町議会サイト

上松町の主要施設
こちらのリンクから、別窓でマップが開きます。



主な歴史 (上松町 町勢要覧・広報あげまつより)

 紀元前~ 上松町内田代・寝覚に無土器文化が広がる。
 木曽古道が整備され、西国への旅人が利用したといわれる。上松町にもコースの一部は現存するが、その起源は不明。
 1665年(江戸時代) 木曽が徳川領となり、現在の宮前に材木役所が設けられる。
 1696年(江戸時代) 上松町全焼。以後現在まで記録に残る10棟以上の火災は18件、100棟以上の火災は6件に及ぶ。
 1889年(明治22年) 町村制が始まり、上松村・小川村・荻原村が合併して駒ヶ根村となる。村役場は現在の寝覚地区にあった。
 1910年(明治43年) 明治3年から計画された中央線が開通。上松駅開設。この工事を機に、木曽森林鉄道小川線着工の目処が立つ。
 1916年(大正5年) 森林鉄道小川線開通。昭和50年まで上松を起点に木曽郡内延長約540km(東京~大阪間)に及ぶ。
 1922年(大正11年) 上松町に改称。翌年には寝覚の床が国の名勝に指定される。
 1923年(大正12年) 寝覚の床が国の名勝天然記念物に指定
 1931年(昭和6年) 上松町の町章を制定。町名の「上」をモチーフに、松の葉を模した矢印を円形・上向きに加え、町の振興と円満を願う。
 1950年(昭和25年) 上松町大火発生。役場をはじめ615棟が類焼。上町~栄町まで焼失するも、奇跡的に1名の死者もなし。
 上松町上水道天狗山浄水場が完成。
 1951年(昭和26年) 木曽駒ヶ岳、寝覚の床が中央アルプス県立自然公園に指定される。
 1959年(昭和34年) 9月26日伊勢湾台風によって町史上最大の被害を受ける。 全半壊425戸。
 1966年(昭和41年) 木曽の桟が県の史跡に指定される。
 1968年(昭和43年) 東野照谷山阿弥陀寺が町有形文化財の第1号に指定される。
 以後現在までの文化財36件。
 1969年(昭和44年) 赤沢自然休養林が全国初の自然休養林に指定され、翌年オープン。
 駒ケ岳神社太々神楽が県の無形文化財に指定される。
 1973年(昭和48年) 上松町公民館・社会体育館完成。
 上松町制50周年記念式。
 1975年(昭和50年) 5月末、上松~王滝村の王滝線を最後に、国営の森林鉄道が姿を消す。さよならイベントを前にして観光客の乗車が抽選となり、町内にテント村が出来るなど、全国から多くのファンが別れを惜しんだ。
 1978年(昭和53年) 東里生活改善センター完成。
 赤沢自然休養林に、森林鉄道記念館が完成。記念館~七兵衛まで1.7kmの軌道が再敷設され、ボールドウィン蒸気機関車をはじめとする各機関車・客車、運行資料や工具などが納められた。
 1979年(昭和54年) 上松中学校体育館完成。
 老人憩いの家完成。
 広域基幹林道木曽駒山麓線着工。
 死火山とされていた御嶽山が有史以来の噴火。水蒸気爆発によるもので溶岩流は無かったものの、風下の地域に降灰などが発生し、研究者や周辺地域に衝撃を与えた。
 1980年(昭和55年) 滑川砂防ダム着工。完成は平成元年。直後の豪雨でいきなり活躍。(リンク先で、国土交通省・中部地方整備局提供の滑川の土石流映像が見られます。※2006年に発生し、同ダムの監視カメラで撮影されたもの)
 池島公営住宅着工3年で4棟20戸、上条簡水完成。
 1981年(昭和56年) 新しい商工会館完成。
 下河原町民運動場オープン。
 過疎地域に指定される。
 第2期上松町基本構想策定される。
 1982年(昭和57年) 上松町幹部警察官派出所改築。
 役場庁舎改築、3階に議場を設置。
 倉本立町簡易水道整備。
 大沢地区に13区画宅地分譲。
 第1回木曽上松赤沢森林浴開催。林野庁長官の開催証書が授与され、以降、森林浴発祥の地として親しまれる。同年、21世紀に残したい日本の自然100選に選ばれる。
 1983年(昭和58年) シートベルト着用宣言の町を宣言。
 非核宣言の町を宣言。
 東小川地区水道整備。
 9・28台風10号災害。被害総額15億7千万円。
 知的障害者福祉施設上松荘完成。
 1984年(昭和59年) 台地区簡易給水施設完成。
 9月14日、御嶽山付近を震源とする長野県西部地震が発生。上松町でも上条簡水の水源や、木曽駒ケ岳登山道の5合目水場「金剛水」に、渇水の影響があらわれる。上松町消防団も震源地・王滝村における被災者捜索に出動。
 1985年(昭和60年) 寝覚町民運動場(テニスコート・バレーコート・ゲートボール場)完成。
 和歌山県那智勝浦町と友好都市提携。それぞれの町の商工祭で、各地域の特産品を販売する交流が定着する。交流初期には上松町から雪を運搬した。
 1986年(昭和61年) 上松小学校全面改築工事完了。
 情報連絡施設完成。
 桃山橋架け替え工事完了。
 上松運輸営林署閉署。
 赤沢自然休養林が森林浴の森百選に入選。
 消防団消防庁長官表彰受賞。
 近所公営住宅5棟20戸完成。
 1987年(昭和62年) 旭町立体交差事業「ひのきの里大橋」完成。
 赤沢自然休養林で森林鉄道の保存軌道運行が、森林鉄道記念館~丸山渡の1.1km区間で復活。併せて自然体験村「トムソーヤクラブ村 木曽・上松」開村される。
 1988年(昭和63年) 荻原小学校屋内運動場完成。
 芦島・大木地区飲用水供給施設完成。
 1989年(平成元年) 滑川第一砂防ダム完成。当時は東洋最大規模。
 上松営林署・上松木材販売所合同庁舎完成
 上松町健康増進センター完成。
 1990年(平成2年) 広域基幹林道木曽駒山麓線開通。
 駅前に木曽勤労者福祉センター完成。
 第3次上松町基本構想策定。
 1991年(平成3年) 上松駅前周辺整備事業完成。
 B&G財団上松海洋センタープール完成。
 デイサービスセンター完成。
 1992年(平成4年) 町制70周年記念式開催。
 上松バイパス工事着工。
 檜流太鼓発足。
 1993年(平成5年) 町営ねざめホテル新装営業開始。
 寝覚の床美術公園完成。
 1994年(平成6年) 梅雨前線豪雨・荻原地区に被害。
 上松町消防団100周年記念行事。
 上松町誌編纂を開始・第1巻自然編完成。
 上松バイパス第1トンネル開通。
 1995年(平成7年) 上松中学校校舎改築着工。
 JR上松駅業務委託駅化。
 1996年(平成8年) 上松バイパス第3トンネル貫通。
 新鬼淵橋梁完成。
 広報あげまつ創刊400号記念・縮刷版第1巻を発行。
 赤沢自然休養林に「ふれあいの道」を整備。赤沢森林鉄道には車椅子車両の乗入を開始。同森林林鉄道初の観光用機関車「AFT-01」を導入し、従来の車両を永年動態保存とする。
 1997年(平成9年) 上松少年サッカークラブ全国フットサル大会で準優勝。
 林道台ヶ峰線開通。
 11月25日早朝、国道19号線の桟地区で直径3mを超える巨石が落下。幸い人身事故には至らず、桟が古来からの難所であることを痛感する。完成直後の台ヶ峰線が迂回路として活躍。桟バイパス工事計画が具体化する契機となった。
 上松バイパス第2トンネル貫通。
 上松中学校校舎改築竣工。
 社会体育館改修。
 1998年(平成10年) 1月下旬、標高1000m付近に雨氷被害が発生。民有林や赤沢自然休養林の人工林に大きな倒木被害が発生するも、天然林にはほとんど被害なし。
 国道19号上松バイパス全線開通。
 情報連絡施設更新。
 長野冬季オリンピック聖火リレー。
 1999年(平成11年) ひのきの里の総合福祉センター完成。
 上松中学校サッカー部が全国大会、相撲部が北信越大会へ出場。
 木曽広域連合が発足。事務所は日義村(当時)の木曽文化公園。
 販売交流施設・森林(もり)の里「よろまいか」完成。
 ゴミの分別収集が始まる。
 6月下旬、豪雨被害が発生。道路や農地に多大な被害が及ぶ。
 2000年(平成12年) 木曽川右岸道路「かくれ滝トンネル」貫通。
 町内有識者による女性問題懇話会の発足・実施。
 交通機動隊木曽分駐隊・関所風の新事務所開所。国道19号バイパスの完成に伴って、旧道となった見帰地区から現在の小野地区に移転。
 環境庁の環境教育拠点施設の選定を受ける。
 上松町陶芸センター完成。
 上松町特産品開発センター完成。お母さん手作りの味で、ほお葉巻きやお弁当が好評を得る。取材多数。
 地域振興バス運行開始。
 公共下水道工事着工。
 上松町介護保険事業計画・老人保健福祉計画の策定。
 倉本トンネル工事安全祈願祭。
 2001年(平成13年) 消防団第6分団詰所完成。
 第4次上松町基本構想策定。
 赤沢自然休養林来園者200万人達成。
 町村合併木曽市構想を検討。
 ミニ水力発電施設完成運転開始。
 木曽街道400年祭り開催。
 木曽地区・地域賑わい創出研究会に参加。
 交通死亡事故ゼロ700日達成。
 県下初総合型地域スポーツクラブ結成。
 2002年(平成14年) 町政80周年式典開催。
 木曽川上下交流・豊明市と提携。
 旭町集会所完成。
 2003年(平成15年) 赤沢森林交流センター竣工。
 木曽町合併協議会に参加。
 地積調査開始。
 木曽川右岸道路の上松工区が開通。北境の桟地区から南境の倉本登玉地区までの全線で、国道19号線の迂回が可能となる。
 2004年(平成16年) 荻原小学校閉校。校舎の解体資材は、跡地利用の交流施設「おぎ」に活かされる。
 寝覚集会所完成。
 9月の住民投票で、上松町の自立が選択される。木祖村、王滝村、上松町の離脱により、木曽町合併協議会解散。残る4町村での合併が決まる。
 台風23号豪雨。県内では諏訪~伊那地域に死者を伴う大きな被害が発生し、上松町でも赤沢自然休養林へのアクセス路などで通行止めが発生。約1週間で復旧となった。
 公共下水道供用開始。
 まちづくり協議会発足。
 2005年(平成17年) 「三ツ紐伐り(みつひもぎり)保存会」発足。チェーンソー主体の近代林業の中、斧(ヨキ)を用いた伐採法の伝承を目的に活動開始。
 上松小学校体育館改修。
 上若連中 全国ふるさと歌舞伎フェスティバルに出演。
 消防団第3分団詰所改築。
 下河原運動場改修。
 6月3日~6日、20年に1度の大祭「伊勢神宮御神木祭」挙行。内宮・外宮の御神木を木曽・伊勢それぞれの杣が伐採し、両自治体の交流が大きく進む。同年9月、御船代祭伐採式挙行。
 国道19号桟改良工事起工。
 上松中学校サッカー部 長野県を制覇 北信越大会へ。
 お出かけください!町長室 スタート。
 神田地区 ほ場整備起工。
 万路・床地区に水道施設。
2006年(平成18年) 森林組合合併協議会地域部会設立。
 5月「伊勢神宮仮御樋代木伐採式」挙行。木曽地域の御用材伐採式が完了。
 赤沢自然休養林 森林セラピー基地に認定。
 東野阿弥陀堂掛け軸 県宝に指定。
 7月梅雨前線豪雨により町内各地で道路・水路等被災。
 8月名古屋城本丸御殿の復元用材が三ツ紐伐りにより伐採される。
 上松中学校サッカー部 長野県大会連覇 北信越・全国へ。
 上松小学校 松葉 江梨さん 小学生陸上全国大会9位入賞。
 木曽広域CATV事業 供用開始。
 建設業協会と災害時における協定締結。
 土砂災害防止法に基づく警戒区域等の指定を受ける。
 国道361号線の権兵衛トンネルが開通。流通・交流の増加が期待され、木曽では特に観光利用者が増加した。
2007年(平成19年) 木曽南部森林組合発足。
 上松町消防団に女性消防団員5名が入団。
 赤沢自然休養林が森林セラピー基地としてグランドオープン。
 友好自治体・豊明市と、赤沢姫宮奥の国有林で合同植樹祭を開催。
 上松町消防団ラッパ班が昭和54年以来2回目となる郡大会優勝。
 上松町統合保育園の新園舎設計まとまる。
 コミュニティバス出発式。
 上松中学校サッカー部 全国大会ベスト16。
 全国和牛大会に織田庄太郎さん、中谷角夫さん所有の牛2頭が出場。
 特産品開発センター利用組合がゆたかなむらづくり全国表彰事業で関東農政局長賞を受賞。
2008年(平成20年) 上松保育園・ねざめ保育園を統合した新園舎が完成、4月から運営開始。
 新たな上松保育園に子育て支援センターを設置。
 上松町消防団が、これまでの全6分団体制から全4分団体制に再編成される。
 上松町消防団第3分団が郡大会「自動車ポンプの部」で優勝、同部門で32年ぶりに県大会へ出場。
 ひのきの里の夏まつり「全国木馬引き大会」が20回目の記念大会を迎える。
 国内屈指のバイクトライアルイベント「ひのきの里トライアル大会」が20回目を迎え、多くの一般参加者とゲスト選手で賑わう。
 赤沢ウォーキング大会が10年目の記念イベント 元ショートトラックスピードスケートで活躍した勅使河原郁子さんを迎えて「てくてく講演会」を開催。
2009年(平成21年) 3月に上松町長選挙が告示され、現職の田上町長が2期目の当選を果たす。
 赤沢自然休養林に、森林セラピーを推進する「赤沢セラピー体験館」が完成。
 林野庁木曽森林管理署の新上松土場(貯木場)が荻原地区に完成。
 旧上松駅土場の跡地に、上松電子株式会社の新工場が誘致される。
 上松町消防団第1分団が郡大会「自動車ポンプの部」で、ラッパ班が「ラッパ吹奏の部」でそれぞれ優勝し、県大会へ出場する。
 11月、国道19号線・桟バイパスの北側入口となる「かけはし大橋」が竣工。見学会が開催され、当面は地域のアクセス路としての運用が始まる。

 赤沢自然休養林の利用者数が、2年続けて過去最高を更新。11月には赤沢森林鉄道機関車の2号機が納入される。
 上松中学校サッカー部が長野県大会で優勝、北信越大会で3位に入り、北信越代表として翌年の全国ユースへの出場を果たす。

 上松町第5次総合計画の策定に向けて、住民懇談会が各地区で始まる。
2010年(平成22年) 1月9日~11日の第15回全国ユースU-15・フットサル全国大会で、上松中学校サッカー部が3位の成績とファインプレー賞を獲得する。
 1月24日、上瀬木地区の民有林に「グレースの森記念林」が設置される。
 2月19日、昨秋に大ヒットした
映画「火天の城」が、町内の木曽勤労者福祉センターにおいて、田中光敏監督来訪とともに上映される。上松町でもロケが行われた。
 上松駅前に、観光案内所と待合室・観光協会事務所を統合した「上松観光情報センター」が建設される。
 小田野地区にライスセンターが新築される。
 島地区の消防第4分団詰所が、地域防災コミュニティ施設の機能を兼ね備えてリニューアルされる。
 4月1日、木曽広域連合・南北クリーンセンターの合併に伴って、ごみ収集・資源リサイクルの方法が統一される。南部クリーンセンターに依存していた上松町も変更対象。
 4月より、寝覚の床周辺でオオヤマレンゲの新たな植樹作業が始まる。
 4月29日、赤沢自然休養林が開園予定。年内に通算300万人達成の見込み。
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